医療人として | 糖尿病の治療について | 糖尿病についてのコラム | プロフィール
糖尿病は治るんですか?この質問は患者さんに聞かれて最も回答に困る問いの一つである。糖尿病専門医になりたての頃は、“糖尿病が治りますか?という質問は、20歳の若さを取り戻せますか?というのと同じくらい難しいことだから、治るということは諦めて、頑張って血糖コントロールしましょうね”と答えていた。最近は、“薬やインスリンを使って血糖を正常化することを治るとするなら必ず治せますから頑張りましょうね”とファジーな答えをしてお茶を濁している。しかし、患者さんが本当に知りたいのは“糖尿病とサヨナラ出来ますか!?”ということではないか。かつて河盛隆造先生が、“インスリンを早期に注射すれば糖尿病が治ります”という部分のコメントだけをテレビで切り取られて放送され、順天堂医院の外来が大混雑したことがあったが、最近ではそれも夢ではないことが報告された(Diabetes Obes Metab. 2023;25(8):2227-35.)。
わが国では一度「糖尿病」の病名が付けられると、それが削除されることはない。その先どんなに良い血糖管理が出来ていても、血糖管理が良好な糖尿病のある人にはなれるが、糖尿病がなかった頃に戻ることは出来ないことになっている。現在飯田橋メディカルクリニック院長の丹羽正孝先生が、薬やインスリン無しで正常血糖になっている人は糖尿病が治ったとしても良いのではないかと20年ほど前に言っていた。当時は不思議なことを言う先輩だなと思っていたが、いまそれが現実になりそうだ。日本糖尿病学会では定められていないが、海外では糖尿病のある人が糖尿病治療薬やインスリン療法なしに3か月以上HbA1c<6.5%を継続できた場合、糖尿病のRemission(寛解)と呼んでいる(Diabetes Cre. 2021;44(10):2438-44.)。今年の日本糖尿病合併症学会でExpert Investigator Awardを受賞された曽根博仁先生のグループは、日本人糖尿病患者さんでもRemissionとなり得る可能性を、JDDM(Japan Diabetes Clinical Data Management Study Group)のデータベースを用いて見出し報告したのだ(Diabetes Obes Metab. 2023;25(8):2227-35.)。JDDMとは全国の糖尿病臨床医が患者データを持ち寄って構築しているデータベースで、日本人糖尿病患者の平均HbA1cが低下していることや、糖尿病患者の高齢化、肥満2型糖尿病が増えていることなど、臨床的に重要な情報を発信している機構で、いわば我が国の糖尿病実臨床の鏡といえる(トップ - 一般社団法人糖尿病データマネジメント研究会 (jddm.jp)。1989年から2022年までの間、8589例を平均5.3年経過追跡した結果、3677例のRemissionを認め、年間1000例に換算すると10.5例であった。これは既報の英国9.7例、米国2.8例に比して日本人糖尿病患者さんは高率にRemissionしていると言える。どのような特徴の人がRemissionするか解析したところ、①病歴が短い、②HbA1cが低い、③BMIが高い、④1年間のBMI低下が大きい、という特徴が見いだされた。すなわち、①早期に受診し、②糖毒性がまだ著明でない時期に、③膵β細胞が元気なうちに、④体重を減らすことによって、Remissionが得られるということだ。何と希望が持てる研究であろうか。もう糖尿病は“不治の病”ではなくなったのだ。しかし、Remissionに到達した例の3分の2が1年以内に再燃している点は重く受け止めなくてはいけない。油断大敵である。
曽根先生のこちらの報告は、科学的のみならずアドボカシー活動の点でも重要である。“糖尿病は治らない”という固定概念は巨大なスティグマである。糖尿病が治せる病気であれば、“保険に加入できない”や“ローンが借りられない”という社会的スティグマは軽減されるであろう。また、この論文を通して筆者が調査対象のことをPatients(患者)ではなくParticipants(参加者)と表記している点が素晴らしい。アドボカシー委員会の言葉の見直しプロジェクトを汲んでくれたのではないか。実に奥が深い論文である。
<残心>健康カプセル!ゲンキの時間
(命を脅かす「糖尿病」への落とし穴とは?...専門医に学ぶ!糖尿病の予防法や改善法 | CBC MAGAZINE(CBCマガジン) (hicbc.com)
2023年10月8日放送のゲンキの時間というテレビに出演しました。テレビ放送は美味しいところだけ切り取られるので気が進まなかったのですが、病院の宣伝になると思い引き受けました。しかし、制作会社のスタッフの皆さんと打ち合わせを進めて行くうちに、実に真面目なエビデンスに基づいた番組だということが分かり、私も前のめりで台本作りに協力しました。収録の中でとても好感が持てたのが、患者さん役のエキストラの方に対する金子貴俊さんの接し方です。医療者側ではなく、患者さん目線でインタビューをされる姿は、まさにアドボカシーそのものでした。医療者ではない人でも、アドボカシーの概念をお持ちの人が居られるのだと学びました。
私の出演回『命を脅かす「糖尿病」への落とし穴とは?...専門医に学ぶ!糖尿病の予防法や改善法』の内容はこちら。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
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