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肥満症の治療薬が保険診療で認められるとは、50年前の日本人は予想だにしなかったことであろう。我々世代では“体育”という言葉が小学校時代から当たり前に使われていた。戦後わが国では栄養失調やるい痩が重要な健康障害で、いかに体を大きく育てるかが課題だったからだ。しかし現代社会は過食と肥満の時代に入り、体をあえて育てる必要がなくなり、日本体育協会も日本スポーツ協会と名称変更している。それどころか、我々は育ちすぎた体重過多の患者さんを減量させ、肥満に伴う健康障害を予防するために薬を使えるようになったのだ。
ウゴービ®はGLP-1受容体作動薬セマグルチドであり、糖尿病治療薬オゼンピックと同じ成分である。デバイスを変え、高用量使用可能になり名称を変えて肥満症の治療薬として臨床応用された。
ウゴービ®を語る前に肥満症について整理したい。図に示した通り、日本の基準であるBMI≧25を満たし、肥満に伴う健康障害もしくは内臓脂肪の蓄積がある人を肥満症と診断できる。しかしその前に、二次性肥満を必ず除外して頂きたい。クッシング症候群など内分泌疾患に伴う肥満は、ウゴービ®を投与せずとも正しい治療で治る肥満だ。肥満糖尿病もしくは肥満心不全の患者さんに脊髄反射でSGLT2阻害薬を投薬している先生方にもご理解いただきたい。肥満があり、内臓脂肪蓄積もしくは健康障害がある場合は肥満症と診断されるが、この健康障害は糖尿病や脂質異常症のような代謝疾患のみに留まらないことが重要だ(肥満と肥満症について:日本肥満学会/JASSO)。整形外科的疾患や月経不順も健康障害の一つにあげられている。肥満症はメタボを超えた重篤な健康障害であり、早期に介入する必要がある。今後、糖尿病(ダイアベティス)のみならず肥満症へのスティグマも考えると、肥満に伴う精神疾患も健康障害の一つに加えるべきかもしれない。
以上を踏まえ、ウゴービ®の適応に関していくつかの疑問点が浮上する。処方可能なのは、日本循環器学会・糖尿病学会・内分泌学会の専門医とある。循環器内科はいつから肥満の専門医になったのであろうか?確かに肥満に伴う心不全や冠動脈疾患を診ているが、純粋な肥満の専門医ではないはずだし、循環器専門医の領域の疾患でGLP-1受容体作動薬は適応を取得していない。これを許すのであれば、脂肪肝を診ている消化器内科専門医、肥満関連腎臓病を診ている腎臓専門医も投薬できるようにするべきだ。さらに不可解なのは、主たる適応疾患が糖尿病、高血圧、脂質異常症に限られていることだ。すなわち、冠動脈疾患があり肥満症の診断が付けられる患者さんも、糖尿病、高血圧、脂質異常症がなければウゴービ®を注射することは出来ない。だったら、何のために循環器内科専門医を加えたのか?全く意味不明である。第50話でも述べた通り、GLP-1受容体作動薬は、糖尿病のない肥満のある人でも心血管イベントを抑制できる薬剤だ。さらに、肥満専門医が入っていないのは何故だ?新専門医制度の正式なサブスぺ(2階)に入っていないからという理由であれば、糖尿病専門医も2階ではない、2.5階~3階(個々の見解によって表現が分かれている)に位置づけられる。
いま、GLP-1受容体作動をコスメ目的で自由診療する輩がいることが大変問題になっている。それに対して警鐘を鳴らし、安全性に配慮した方針には賛成である。しかし、新専門医制度を重視したうえで厳格を期するのであれば、内分泌学会の内分泌代謝・糖尿病専門医のみが処方でき、糖尿病、高血圧、脂質異常症を必要条件とするべきではないか。もしくは広く肥満症に困っている患者さんにお使いいただきたいのであれば、総合内科専門医は肥満症と診断が付けられる全ての患者さんに処方できるようにするべきだ。
肥満のある人を数多く診察していて、最も多く聞かれる訴えは“膝の痛み”である。肥満症治療薬ウゴービ®は誰のために処方されるべきなのか。変形性膝関節症で悩んでいる“肥満症”の患者さんが、体重が下がって痛みなく元気に歩けることは、血糖・血圧・脂質管理の改善よりも臨床的意義が劣るというのか。肥満症治療薬という薬剤の正しい立ち位置を間違えると、ただの高用量の糖尿病治療薬になりかねない。我々の臨床経験が積まれ、より多くの患者さんに有効かつ適正に肥満症治療薬が提供されることを願う。
<残心>Clinical Endocrinology KO Rounds
日本内分泌学会学術総会のプログラムの中に、Clinical Endocrinology KO Roundsというコーナーがあります。興味深い内分泌代謝疾患の症例発表を、スライド1枚で3分以内に発表してもらい、若手医師のプレンテーション能力を磨くという興味深い企画です。私は幸運なことに第1回から審査員&コメンテーターをさせて頂いており、若さ溢れる素晴らしいプレゼンを数多く拝聴してきました。中にはそのまま舞台役者さんや、映画俳優になれるのではないかというドラマチックなものもありました。今年は総勢50名の応募があり、上位18人が本番の舞台に上がり、Winnerが1名、Runners-upが3名表彰され、順天堂大学静岡病院で研修された武藤麗奈先生が、当院の症例を発表して見事Runners-upを受賞されました。順天堂大学史上初の快挙です。頑張って練習して堂々としたプレゼンをしてくれた武藤先生に心から感謝します。これを機に、順天堂系列で、もしくは静岡県で内分泌代謝疾患の診療を勉強するなら“順天堂大学静岡病院”という噂が広まることを切に祈っています。
ちなみに、第1回のWinnerは現在福岡大学に居られる高士祐一先生だったと記憶しています。来年以降も若手医師の活発な参戦をお待ちしております。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
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