糖尿病専門医・指導医 野見山崇 | 糖尿病についてのコラム

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糖キング 糖の流れに魅せられた男が語る(Talking)糖尿病のお話。 二田哲博クリニック 糖尿病専門医・指導医 野見山崇

【第30話】
糖尿病という病名は変更するべきか

皆さんは“糖尿病”という病名に疑問を持ったことがあるだろうか。尿に糖が出る病気という意味であるが、現在の糖尿病の診断基準には血糖値とHbA1c値は含まれているが、尿糖は含まれていない。また、尿糖が陽性になる血糖値の上限は160~180mg/dLとされているが、最近の糖尿病診療で尿糖を活用する場面は食後高血糖があるか否かの判定や術前血糖コントロールの指標、SGLT2阻害薬の効果判定くらいである。ではなぜ、糖尿病という病名が付けられたのであろうか。それは歴史的な背景と、英語の直訳に起因している。

英語で糖尿病はDiabetes Mellitusと表記される。Diabetesとはサイフォンの様に通り抜けるという意味がある。糖尿病の主症状である多飲・多尿を表現しているものと思われる。しかし、Diabetesから始まる病名は実は2つある。Diabetes Insipidus(尿崩症)とDiabetes Mellitus(糖尿病)だ。両疾患とも喉が渇き、水を沢山飲んで多尿になる。Insipidusとは無味という意味を持ち、Mellitusは蜜という意味を持つ。無味の尿が大量に出る尿崩症(Diabetes Insipidus)と蜜の様に甘い尿が大量に出る糖尿病(Diabetes Mellitus)とは実に上手いネーミングである。このDiabetesをInsipidusとMellitusに分類したのがスコットランド出身のウイリアム・カレン先生(1710-1790年)であり、私や下野大先生が受賞した、日本糖尿病協会ウイリアム・カレン賞(第19話 残心 参照)の由来になった内科医である。

ウイリアム・カレン(William Cullen)@第30話 糖尿病という病名は変更するべきか@糖キング 野見山崇
ウイリアム・カレン賞@第30話 糖尿病という病名は変更するべきか@糖キング 野見山崇

日本で最初の糖尿病患者であったとされる藤原道長さんの病名は、水を大量に飲む病気“飲水病”と歴史書には書かれている。しかし、時代の流れと共に西洋医学が流入し、Diabetes Mellitusが直訳されて糖尿病になったのであろう。ところがこの“糖尿病”という病名は患者さんに非常に評判が悪い。糖が尿に出る病気とはとても汚らしい印象になるらしく、病名自体がスティグマになっている感がある。以前、外来で患者さんが待合室に居られず、全館放送で呼び出した際に“糖尿病内科に受診しているのがバレる様な呼び方はしないでくださいよ!”とお𠮟りを受けたことがある。また、日本糖尿病協会が独自に行ったアンケート調査でも、過半数以上の患者さんが、糖尿病という病名に抵抗があると答えている。糖が尿に出る病気とはあまり心象が宜しくないらしい。

「糖尿病」という病名に抵抗はありますか?@第30話 糖尿病という病名は変更するべきか@糖キング 野見山崇

では、アドボカシー活動の一環として(第26話参照)、糖尿病という病名を変更するべきであろうか。そんな無茶な!と思われるかもしれないが、実は過去に病名が変更されている疾患がいくつかある(表)。そういえばかつて“成人病”という言い方があったが今は死語であり、もう間もなく“生活習慣病”という名前も使われなくなるらしい。

病名が変更になった疾患の例@第30話 糖尿病という病名は変更するべきか@糖キング 野見山崇

これらの疾患同様に、糖尿病という病名を他の病名に変更するとしたらどのような名前が相応しいであろうか。“高血糖症候群”とするか、Diabetes Mellitusを直接用いて“ディアベ”とか“DM(ディーエム)”といった病名にするべきか。すぐにはいいアイデアが浮かばない。さらに、病名の変更に伴い多くの混乱が生じる。保険診療や電子カルテの病名のみならず、糖尿病学会・糖尿病協会といった団体も名義変更が必要になる。全国で1000万人の患者さんがいる病名を変更するのは非現実的かもしれない。では響きの良いニックネームを付けるのはいかがであろうか。以前、メタボリック症候群が“メタボ”と呼ばれ、一部の芸能人の手助けもありかなり親しみやすい病名になった。同様のニックネームを糖尿病にも付けて、カミングアウトしやすくするのも良い方法かもしれない。

芋洗坂係長@第30話 糖尿病という病名は変更するべきか@糖キング 野見山崇

実は、しばらく前までは我々医師側にも、糖尿病内科という科名がスティグマ的であった時期がある。私は順天堂醫院の内科研修医時代、同期のレジデント代表(レジ代)を務めていた。通常レジ代は、3年間の研修の後循環器内科や消化器内科といった花形の内科に入局するものであったが、私は当時の代謝内分泌内科(現在の糖尿病・内分泌内科)に入局することを研修医1年目から決めていた。すると多くの先輩医師から“お前はやる気がないのか?”とか“楽をしたいのか?”とか“仕事よりQOLが大事なのか?”とパッシングを受けたものだ。当時は糖尿病患者も少なく、研究や新薬開発も進んでいなかったため、糖尿病は他の疾患の専門医が片手間に適当に診ていれば良いものという風潮があった。しかし、時代が変わり糖尿病診療の重要性が認識されたいま、糖尿病内科を軽視する医師はおらず、先輩医師たちにも“野見山は先見の明があったな~”と褒めて頂ける。つまり、同じ疾患を診療しているにも関わらず、周囲の見る目が変われば価値観も変わっていくということだ。そしていま、糖尿病診療に携わって来たことに優越感すら感じられる。では、どういう状況になったら患者さんは糖尿病であることで優越感が感じられるとまでは行かないまでも、スティグマを感じずにいられるのであろうか。倫理的にあまり宜しくない例かも知れないが、近々に臨床応用されるであろう新型コロナウイルスのワクチンは、糖尿病患者さんが優先的に接種できるという噂がある。その時には、今まで周囲に隠していた糖尿病患者さんが“私は糖尿病です。ワクチンを優先的に売ってください!”と胸を張って言い、早期の接種を求めるのではないか。また、イケメン医師や美人の栄養士がいたら“糖尿病になったから大好きなあの人と毎月お話しできる”と喜ぶのではないか。つまり、糖尿病であることがメリットと感じられるようにすることが病名を変えるよりも重要ではないかと私は考える。それは、ワクチン、イケメン医師や美人栄養士といった一時的なもののみならず、血糖を超えた合併症と併存症の予防、早期発見・治療により、糖尿病患者さんの健康寿命を延ばす診療にある。いつの日か、非糖尿病者よりも糖尿病患者さんの方がわが国では寿命が長いというニュースが報道され、患者さんたちが“私も糖尿病です”と胸を張って言える日が来ることを望む。

<残心>矢切(やぎり)
国際医療福祉大学市川病院の最寄り駅は北総線の矢切駅です。矢切と言えば当然、細川たかしさんの“矢切の渡し”というヒット曲が思い浮かびますが、矢切の地名の由来をご存知の方は少ないと思います。実はこの土地は戦国時代、北條氏と里見氏による国府台合戦の戦場になり、多くの人が亡くなりました。そこで地元の人は“もう矢が飛び交う戦争は嫌だ!”ということで矢切(やきり)と地名を付けたのが始まりだそうです。元カルチャークラブファンの私に言わせると、The War Song(戦争反対!)という意味です。いつの日も人々が望むのは平和と健康ですね。折角矢切の渡しの近くに勤務しているのだから、一度は渡ってみようと思い、妻と行ってみましたが、、、。ご興味ある方はどうぞ。ちなみに私がカルチャークラブの中で一番好きな曲は“Time(Clock Of The Heart)”です。













残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)






【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト

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