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本稿を読む前に、第35話をお読みいただきたい。私が2021年10月に執筆した内容だ。当時は夢のあるFairy Tale的な話として書いた内容が、現実味をおびてきた。SGLT2阻害薬ががん抑制作用を有する可能性が、日本人のエビデンスとして報告されたのだ(Diabetes Metab. 2024 Nov;50(6):101585)。
第53話でも述べた通り、わが国の糖尿病のある人の死因第1位は群を抜いて悪性新生物である。糖尿病のある人の寿命延長が血糖コントロールの最終目標の一つであるならば、合目的的にはがんを抑制する糖尿病治療薬から選択するのが理に適っている。しかし、2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第48話)におけるAdditional benefitsには悪性新生物が入っていない。エビデンスが十分でないから?そうかもしれないが、そうであるなら糖尿病のある人の寿命を延ばすためにエビデンスを創出する努力をするべきだ。東京大学を中心としたグループは、データベースを用いて2014年から2022年の間にDPP-4阻害薬を投薬された2型糖尿病のある人と、SGLT2阻害薬を投薬された人を後ろ向きに比較解析したところ、がんの発症率がSGLT2阻害薬群で有意に低いことを見出し報告した(Diabetes Metab. 2024 Nov;50(6):101585)。5年間の追跡で有意差が付いていることから、がんの発症病態から考えてもかなり早い効果発現であるといえる。がん腫別に見てみると、大腸がんが有意に抑制されていた。大腸がんは近年日本人で増加傾向にあるがん腫で、糖尿病のある人では発症率が1.4倍とも言われている。SGLT2阻害薬がこれを抑制できるのなら糖尿病と共に生きる人にとって朗報である。SGLT2阻害薬の大腸がん抑制作用は、群馬大学の岡田秀一先生のグループがHCT116という大腸がん細胞の数をSGLT2阻害薬ダパグリフロジンが抑制することを、in vitroの検討で既に見出し報告している(Endocr J, 2015, 62(12):1133-1137)。さらに同グループは、肝臓に転移した大腸がんがダパグリフロジンによって縮小され、CEAという腫瘍マーカーがそれに相関するという非常に興味深い症例報告もされている(Clin Colorectal Cancer. 2018 Mar;17(1):e45-e48)。メディチーナ1月号に大橋健先生が書かれているとおり、現時点ではエビデンスが限定的であり、がんに対する効果を期待して特定の糖尿病治療薬をチョイスすることは時期尚早であるが(Medicina. 2025 Jan;62(1):108-111)、心不全や慢性腎臓病同様、SGLT2阻害薬が糖尿病のない人にも抗がん剤や手術前の補助薬的に使われる日が来るかもしれない。
今回のDiabetes Metab.の論文で、非常に興味深いデータがSGLT2阻害薬間の比較である。
多くの場合、こういった血糖降下作用を超えた糖尿病治療薬の作用は“クラス・エフェクト”として十把一絡げにされがちだが、個々の薬剤について解析しようという試みは重要な点といえる。有意差は無いものの、第35話で私が予知した通り、カナグリフロジンが最も抑制的に働いている。我々は基礎研究でカナグリフロジンの肺がん抑制作用を見出し報告した(Diabetol Int. 2021 Feb 16;12(4):389-398)。その後海外では臨床データが報告されている(Br J Cancer. 2023 Apr;128(8):1541-1547)。やはり、SGLT1, 2選択性が低い方が、がん抑制作用が得られるのかと思いきや、2番目はトホグリフロジンであった。トホグリフロジンはSGLT2に非常に選択性が高いSGLT2阻害薬として知られており、当科の山崎らは血糖降下作用と相関して肝糖放出を促進していることを報告している(Diabetes Obes Metab. 2021 May;23(5):1092-1100)。SGLT2阻害薬のがん抑制作用は単純にSGLT1, 2を阻害しているだけではないかもしれない。まだまだ研究の余地があり、研究の価値もある。
糖尿病治療薬のがん抑制作用は今後重要なテーマとなる事は必至であり、最近詳細なレビューも執筆されている(Biomolecules. 2024 Nov;14(11):1479)。今回フォーカスした素晴らしい臨床研究の論文を読んで残念だったことは、糖尿病専門医以外の先生方が中心になり検証されていたことだ。糖尿病・内分泌専門医の先生方に、もっと“糖尿病とがん”の重要性を知って欲しい。
<残心>旭日重光章
順天堂大学理事長の小川秀興先生が旭日重光章を受章されました(小川秀興 理事長 旭日重光章 受章について|ニュース&イベント|順天堂大学)。
凄すぎて、私のような凡人にはどのくらい凄いのか計り知れませんが、とにかく凄い勲章のようです(勲章の種類及び授与対象 : 日本の勲章・褒章 - 内閣府)。令和7年1月11日に椿山荘東京で行われた叙勲の祝賀会に私も参加しました。まるで別世界で、教授陣は学内関係者の一番下座に席がありました。教授というのはゴールではなくスタートなのだと痛感するとともに、このような素晴らしい歴史的瞬間に順天堂大学の一員として在籍できたことを誇りに思います。
実は小川先生は順天堂大学剣道部の先輩でもあります。コロナ禍に、小川理事長として私の教授就任の辞令をお渡しいただいた際(下記イメージ)、“野見山、やっと帰って来たか。どこに行っちゃったのかと思っていたよ。”とお声を掛けて頂いたときは、久々に実家に帰って親父に叱られたような気分でした(笑)私が順天堂大学医学部剣道部主将の時、当時皮膚科教授で剣道部の部長をされていた小川先生に全医体準優勝の銀メダルを差し上げたことがありました。30年後にそれが教授就任の辞令となってお渡し頂き、叙勲の祝賀会にまで参加させて頂けるとは、、、。順天堂に帰る運命だったのでしょう。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
【第55話】SGLT2阻害薬 For what?第2章
【第56話】“あいうえお、かきくけこ、さしすせそ”
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