医療人として | 糖尿病の治療について | 糖尿病についてのコラム | プロフィール
DPP-4阻害薬は心血管イベントのエビデンスがないにもかかわらず、日本の糖尿病内科医は“意味なく”DPP-4阻害薬の処方を増やしていると、ある国の循環器内科医が話していたそうだ。そもそも、国民の平均寿命が短い国の医師に我が国の診療内容を非難される筋合いはないと思うが、この点について冷静に医学者として検討してみたい。
失敗(?)に終わったと捉えられがちなEXAMINE(N Engl J Med 369:1327-35, 2013)、SAVOR-TIMI53(N Engl J Med 369:1317-26, 2013)、TECOS(N Engl J Med 373:232-42, 2015)は心血管イベントの“2次予防”が対照に比して非劣性であることが示された(第08話参照)。DPP-4阻害薬に過大な期待をした我々は、がっかりした部分もあったが、そもそもこれらの試験は非劣性を目的とした試験であり、この結果をもって十分成功といえる。野球で例えると、送りバントは成功したし、ランナーを進塁させることができたが、セイフティーとはいかず1塁はアウトだったという感じではないか。また、海外とわが国では糖尿病患者のステージが大きく違うことにも注目頂きたい。日本人の糖尿病は多くが検診によって発見されるが、海外の糖尿病は何らかのイベントに随伴して発見されることが多い。つまり、これら大規模臨床試験にエントリーされている2次予防の糖尿病患者は、動脈硬化がかなり進行している状態で、DPP-4阻害薬を投与されえている可能性が高い。この状態では心血管イベントは抑制できないといえる。順天堂大学三田先生と大阪大学片上先生はこの事実を、頚動脈エコーを用いて見事に実証してくれた。まだイベントを起こしていない日本人2型糖尿病患者に、DPP-4阻害薬を投与することで頸動脈内膜中膜肥厚度が有意に抑制された(Diabetes Care 2016 Jan;39(1):139-48, 2016 Mar;39(3):455-64)。また、台湾のコホート研究においても、イベントを起こしていない2型糖尿病患者にDPP-4阻害薬シタグリプチンを投与すると、冠動脈疾患が抑制されることが報告されている(Acta Diabetol. 2016 Jun;53(3):461-8)。血糖コントロール同様、心血管イベント抑制のためにもDPP-4阻害薬は早期に投薬されるべき糖尿病治療薬といえる。
さらに最近、非常に興味深い解析が報告された。EXAMINE、SAVOR-TIMI53、TECOSにおいて、メトホルミンを併用されていた患者でDPP-4阻害薬が心血管イベントをより抑制していることが分かった(Diabetes Care. 2017 Dec;40(12):1787-1789)。
すなわち、プラセボと比較してということではなく、メトホルミンとDPP-4阻害薬を併用することが心血管イベント抑制に作用していると言える。過去の糖キングでメトホルミンは何度となく称賛してきた。EMPA-REG OUTCOMEⓇやLEADER試験といった衝撃的な試験でも、約8割の患者に投与されている影の仕事人といえる。そして今回、DPP-4阻害薬とメトホルミンがベストパートナーであることが立証された。興味深いことに、わが国の実臨床においてメトホルミンを第一選択にした医師はDPP-4阻害薬を第二選択とし、DPP-4阻害薬を第一選択とした医師はメトホルミンを第二選択にしている場合が多いことを、我々はこの報告がなされる前から認めている(J Diabetes Investig. 2017 Mar;8(2):227-234)。日本の糖尿病診療がいかにハイレベルかが分かる。メトホルミンの血管保護に関して、滋賀医大の森野先生が興味深い報告をされている(Int J Mol Sci. 2017 Jun 16;18(6)。メトホルミンが胃の蠕動運動を抑制することで、食後の中性脂肪上昇を抑制している。我々は先の報告で、DPP-4阻害薬シタグリプチンがLDLコレステロールを低下させる作用を見出している(Diabetes Res Clin Pract, 2012;95:e27-28)。血管保護に関して、中性脂肪を下げるメトホルミンとLDLコレステロールを下げるDPP-4阻害薬という役割分担も出来るのかもしれない。あらゆる面から、DPP-4阻害薬とメトホルミンが最高の相棒といえるが、休薬の観点などから私は両剤の合剤は推奨しない。
昨年のプロ野球は、福岡ソフトバンクホークスの素晴らしい日本一で幕を閉じた。内川選手の9回裏同点ホームラン、サファテ投手の快投も素晴らしかったが、今宮選手の走塁、守備、送りバントがチームの勝利に大きく貢献していることは言うまでもない。メインのFigureに起こされる“有意差”を強調した結果よりも、影の仕事人は誰かを探求することが、糖尿病診療に深みを与える。
<残心>二刀流
打者と投手の二刀流で知られる大谷翔平選手がメジャーリーグに挑戦することが決まりました。素晴らしいライバルを失ったホークスファンとしてはちょっと寂しいのですが、大活躍を期待しています。この二刀流という言葉、実は我々の世界にもあります。基礎研究と臨床研究の二刀流です。基礎と臨床は本来、表裏一体であるべきですが、両方の研究を精力的に行っている教室はあまり多くありません。しかし、福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科は二刀流に挑戦し続け、毎年論文を出し続けています。また、両分野を研究することで、臨床研究から基礎研究のヒントを得たり、基礎研究から臨床研究の得ていることも事実です。大谷選手も打者の目線と投手の目線を併せ持つことが結果に繋がっているのでしょう。若い先生方にも最初からあきらめないで、二刀流を目指して頂きたいと思っています。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
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