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糖キング 糖の流れに魅せられた男が語る(Talking)糖尿病のお話。 二田哲博クリニック 糖尿病専門医・指導医 野見山崇

【第19話】
Class EffectかDrug Effectか

最近“エビデンス”という言葉とともに“Class Effect”という言葉が糖尿病治療薬に関して乱用されている気がする。特に心血管イベント抑制作用という、本来は糖尿病治療薬に求められる必要のない効能効果について、同じクラスのある薬剤が研究結果を出すと、他の薬剤にも全く同じ作用が期待できるかのような扱いをされているが、これは果たして正しい解釈であろうか。私はこのClass Effectという言葉が“十把一絡げ”に聞こえてならない。同じクラスの糖尿病治療薬であっても、血糖降下作用以外の効果は個々に慎重に検討されるべきではないか。

かつて隆盛を誇ったスルホニル尿素薬(SU薬)は、可哀そうに今では悪者扱いである。その理由として①重症低血糖を引き起こすため、②体重を増加させるため、③膵β細胞を疲弊させるため、④心筋の虚血プレコンディショニングを抑制するため、という事象が挙げられる。これらは全てのSU薬に常に起こるClass Effectのように捉えられているが、これらの事象は主にグリベンクラミドを大量に投与したときに認められる。グリベンクラミド、グリメピリド、グリクラジドという3つのSU薬のうち、グリベンクラミドはまさに“THE SU薬”であり、最強最悪と言える。したがってグリベンクラミドを内服されている患者さんがおられたなら、少なくとも他のSU薬に変更していただきたい。一方、グリクラジドは一味違ったSU薬といえる。まず、④虚血プレコンディショニングに全く影響しない。心筋細胞は短時間の血流の途絶えがあると、今後起こりうる大きな心筋梗塞にそなえ、一種の冬眠状態に入る。これが虚血プレコンディショニングと呼ばれる現象である。心筋細胞に発現しているSU受容体2にSU薬が作用するとこれが抑制され、心筋梗塞時に大きな壊死層を作ることが危惧されるが、膵β細胞にあるSU受容体1のみに特異的に作用するグリクラジドは虚血プレコンディショニングを抑制しない賢いSU薬といえる(J Diabetes Complications 14 : 192-196, 2000)。

細胞KATPチャネル

また、抗酸化作用を有することから動脈硬化の素になる酸化LDLを抑制し(J Diabetes Complications. 14,201‐206:2000)、デンマークのコホート研究では心血管イベントを抑制する可能性すら報告されている(Eur Heart J 32, 1900-1908:2011)。心血管イベント抑制の有無が糖尿病治療薬の優劣のように捉えられかねない現代糖尿病診療において、グリクラジドのような優秀な薬剤をSU薬というクラスに封じ込め、忘れ去ってよいのであろうか。コスト面も考えると、最近の糖尿病治療薬よりも優秀と言えるのかもしれない。

ピオグリタゾンの素晴らしさは第18話で述べたが、最近では肝臓がんが抑制されるという報告もなされている(Am J Cancer Res 7, 1606-1616:2017)。さらに、あれほど膀胱がん騒ぎでピオグリタゾンに汚名を着せた欧州でさえ、ピオグリタゾンが糖尿病患者の予後を改善させるという結果を報告している(BMJ Open Diabetes Res Care 5, e000364:2017)。ピオグリタゾンの良さが次々に明らかにされている一方で、同じチアゾリジン誘導体というクラスに位置づけられるロジグリタゾン(わが国では発売されていない)は心血管イベントや心血管死を悪化させるという衝撃的なデータを残している(N Engl J Med 356, 2457-2471:2007)。果たしてClass Effectとはいかなるものか、、、。
DPP-4阻害薬がクラス全体として全て安全とは言い切れないことは、第08話で述べた。一方、第10話でご紹介したEMPA-REG OUTCOMEⓇの発表以来、悪役から一気にヒーローとなったSGLT2阻害薬にも、Class Effect神話崩壊の波が押し寄せている。EMPA-REG OUTCOMEⓇの結果を、他のSGLT2阻害薬を販売している製薬メーカーが、Class Effectの名のもとに宣伝していたことは記憶に新しい。しかし、最近発表されたSGLT2阻害薬カナグリフロジンを用いたCANVASという大規模臨床研究の結果は似て非なるものといえる(N Engl J Med 377, 644-657:2017)。EMPA-REG同様に3ポイントMACE(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳梗塞)といった複合項目は有意に抑制出来ていただが、EMPA-REGの時ほどガッツリ効いている印象はない。

3ポイントMACEは有意に抑制

また、EMPA-REGでは明らかに心血管死が抑制されていたにもかかわらず、CANVASでは個々の事象を有意には改善していない。この結果をみて“SGLT2阻害薬はClass Effectとして心血管イベントを抑制する!SGLT2阻害薬万歳!!”というコメントを見たことがあるが、浅はかとしか言いようがない。さらに、CANVASでは下肢の切断が増えてしまった。

下肢切断が増加

この現象もSGLT2阻害薬のClass Effectではないかと危惧されたが、後に報告されたエンパグリフロジンの調査では下肢切断は一切増えていない(Adv Ther 34, 1707-1726:2017)。私はこの結果の違いに、SGLT2に対する特異性の違いが関与していると考えている(Diabetes Obes Metab 14, 83-90:2012)。“心血管イベント”や“下肢切断”に関してはSGLT1に対してSGLT2への特異性が高い方が有効かつ安全ではないかと、、、。

SGLT1・SGLT2への選択性

しかし、特異性が高い方が全てにおいて優れているとは言い切れない。カナグリフロジンが他のSGLT2阻害薬には見られない胃腸のがんを減らす可能性を示唆する報告もある(Diabetologia 2017 Jul 19. doi: 10.1007/s00125-017-4370-8)。
以上の議論から、糖尿病治療薬において血糖降下作用以外の効果で“Class Effect”はありえないと考えられ、個々に検証したもののみが信頼できるエビデンスといえる。最後に私の友人のF先生から御教示頂いた都市伝説的なお話を一つ。常用量が100㎎以上の薬剤は危険かもしれない。チアゾリジン誘導体であるピオグリタゾン(アクトスⓇ)は15~30mgが常用量であるのに対して、販売中止になったトログリタゾン(ノスカールⓇ)は100~200mgが常用量であった。





<残心>ウイリアム・カレン賞
今年、第5回日本糖尿病療養指導学術集会において、ウイリアム・カレン賞を受賞しました。
身に余る光栄です。また、受賞のきっかけとなった糖尿病連携手帳改訂に携わって頂いた先生方やスタッフの皆様に心から御礼申し上げます(第11話参照)。
ところで、ウイリアム・カレンさんとは誰でしょう?William Cullen(1710~1790)はスコットランドの医師、化学者で、Diabetes Mellitus(糖尿病)とDiabetes Insipidus(尿崩症)を分類した人だそうです。多尿になる両疾患を甘い(Mellitus)尿が出るものと無味(Insipidus)な尿が出るものに分類したのがCullen先生です。“Diabetes”という米国糖尿病学会が出している有名な雑誌があるため、私はDiabetes=糖尿病と使ってきましたが、これからはCullen先生に敬意を表してDiabetes Mellitusと明記したいと思います。200年以上の時を超えて、Cullen先生から教えを頂きました。

ところで、糖尿病治療に関する本を執筆・出版しました!

チャートでわかる糖尿病治療薬 処方のトリセツ〜未来を護るベストチョイス!〜 (著者)野見山崇 (出版社)南江堂 

次回はそちらに関する内容を書かせていただきます。













残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)






【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡

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