糖尿病専門医・指導医 野見山崇 | 糖尿病についてのコラム

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糖キング 糖の流れに魅せられた男が語る(Talking)糖尿病のお話。 二田哲博クリニック 糖尿病専門医・指導医 野見山崇

【第07話】
DMエコノミクス

皆さんは“DM”という言葉に馴染みがあるだろうか。Direct Mailではない。メタボリック症候群を表す“メタボ”という言葉は一部の芸能人やTV番組のお陰で、かなり市民権を得てきているが、DMは医療関係者が良く使う言葉の割に、一般的になっていない。DMとは英語で言う糖尿病Diabetes Mellitusの略語である。しかし、私の完全な主観であるが、米国系の先生方はDiabetesと呼ぶ場合が多く、ヨーロッパ系の先生方はDiabetes Mellitusと呼ぶことが多いような気がする。したがって、2型糖尿病は米国系の雑誌では“T2D”、ヨーロッパ系の雑誌では“T2DM”と記載されている事が多いような気がする。また、Diabetology(糖尿病学)から修められた先生はT2D、Endocrinology(内分泌学)から修められた先生はT2DMと書かれることが多いような気がするのは私だけであろうか。
それはさておき、このDMが今、社会問題に発展しようとしている。DM患者が右肩上がりに増えてきているのは周知の事実であろう。現在、全国に約950万人居る事が知られている糖尿病患者、一家に一人糖尿病と言う時代が来た。

日本における糖尿病人口の推移 厚生労働省

私がJ大学医院の内科研修医だった頃(1,995年)、糖尿病内科に入局しますと言うと、変わった研修医と言われたが、今は最も多くの新入医局員が入局する内科の一つに成長した。つまり、私は先見の明があったのだ(笑)。DM患者の数と同時に増えているのが、DMにかかる医療費である。

糖尿病の医療費は過去20年でほぼ倍増している 傷病別医療費の伸び率 厚生労働省
STOP DIABETES 米国糖尿病学会のシンボル

図に示すとおりDMにかかる医療費はこの20年で約倍増しており、平成24年の国民医療費の概要によると糖尿病にかかった医療費は1兆2,088億円とされている。これから糖尿病患者が増え続けることを考えると、医療費が高騰し我々の税金がさらに増えることは一目瞭然だ。では、これを食い止めるにはどうしたら良いのか。まず一つは、DMの予防だ。STOP DIABETESという米国糖尿病学会のシンボルにもある。



では、DMを予防するには。食事療法・運動療法・腸内細菌等々言われているが、単純に“昔の生活”をすれば良いのではないか。Back to the FutureⅢという映画の中で、ドクが“未来ではレクリエーションでウォーキングをする”と言うとカウボーイたちは大笑いする。当然だ。どこのジャングルにウォーキングやランニングを楽しみ、捕らえた獲物の三分の一を健康のために食べ残すライオンが居るのであろうか。福岡大学病院メディカルフィットネスセンターの松田拓朗氏は“Back to the Nature”と言っていた。

次に、DMの治療に関してコストダウンができないか。最もコストダウンできる治療は食事・運動療法だ。最も安価な抗糖尿病薬であるメトホルミン製剤(メトグルコⓇ)が1錠10.2円だが、生活習慣の改善は無料である。しかし、DMやメタボの運動療法は保険適応になっていない。何故、心臓リハビリが保険適応で、DM運動療法が適応でないのか。わが国の保険診療が予防医学と相反する方針であることが良く分かる。薬剤のコストを下げるのも重要と考える。“効果が同じであれば”同じクラスの、より安価な薬剤を選択する事は重要と思われる。例えば、表に示したとおり、超速効型インスリン1本でもこれだけの薬価の違いがある。

超即効型インスリンの価格一覧

より安価なインスリンや薬剤を選択する事は国益にも繋がるのかもしれないが、私は決してジェネリックはお勧めしない。抗糖尿病薬は有効性や安全性に十分なエビデンスが求められ、長期に服薬される薬だ。最終的な構造式が同じというだけで、作り方もVehicle(担体)も違うものが同じ薬といえるのであろうか。しかし、今度出てくるバイオシミラーはジェネリックとは一味違い、有効性と安全性が確認されたもののみ世に出ることが出来、価格が7割にコストダウンできる。詳細は日本化薬のWebサイトをご覧いただきたいが、糖尿病診療も価格破壊の時代が来たのか。

SU薬は安価な薬なので患者さんに優しいという先生が居られるが、果たしてそうであろうか。確かに目先のコストのみを考えればDPP-4阻害薬の約10分の1であるが、その先にある体重増加や低血糖からくる心血管イベント、慢性高インスリン血症に伴う癌や動脈硬化進行のリスク、いずれ訪れるSU薬2次無効のためインスリン導入をせざるを得ない病態といったことを考えると、決して安価な薬ではない。同じ安価な抗糖尿病薬でもメトホルミンとは質が違うのではないか。本当の意味の“コストダウン”は未来のコストダウンであり、それは血糖コントロールのみならず、合併症発症も見据えたコストダウンである。それが真のDMエコノミクスといえる。初期投資の重要性をわが国が世界に誇るKumamoto studyが今世紀初頭に明らかにしているではないか(Wake N, et al. Diabetes Res Clin Pract 48: 201-210, 2000)。そして早期からの血管を護り、癌を予防する糖尿病治療が最終的には医療費全体のコストダウンになる。なぜなら、循環器系の疾患5兆7,973億円(20.5%)と新生物3兆8,120億円(13.5%)が、第1位2位を占めているからだ(平成24年国民医療費の概況 結果概要)。

私の患者さんで“糖尿病はお金がかかりますねー”と毎回ぼやいて帰られる方がいるが、その患者さんの皮膚科のカルテを見たら、プロペシアⓇが処方されていた。医療費って何であろうか、、、。



<残心>DM八段
読者の皆様は、世界で最も難しい資格試験をご存知ですか。それは剣道八段の審査です。年間2度行われる審査は約1,000人受験して合格者は10名程度です。合格率1%前後の資格試験は世界でも類を見ません。私の剣道の師の一人である故・棚谷昌美範士は“ヒトの命を預かる医師の国家試験でも約9割が合格するのに剣道八段の合格率が1%というのは厳しすぎるのではないか”と20年以上前に言われて居りましたが、未だに変わりません。
その剣道八段に最近私の実父が合格しました。警察官でも合格が難しい段位に医師である父が合格した事は快挙です。人生で一番父親を誇らしく思いました(笑)。しかし、父の剣道は決して“お上手”ではありません。実直に、ただひたすら大きく真っ直ぐな面を打ち込むだけで、私のように華麗に胴を抜いたりトリッキーな籠手を拾ったりは一切しません。ただひたすら真っ直ぐな面に懸け、それで試合に負けても低俗な打ち合いに付き合わなかったことを誇るかのように、清々しく笑っていました。同じような話を聞いた事があります。ノーベル賞を受賞された山中伸也先生は学生時代ラグビー部だったそうです。そして、先生のプレイスタイルは、ボールを持ったらフェイントやパス回しといった小細工はせず、ただひたすらゴールへ向かって猪突猛進したそうです。凄い事を成し遂げる人というのはこういう人達なのだと思います。
糖尿病の医者には専門医・指導医といった資格しかありませんが、もし段位があってDM八段という医者が居たらどんな診療をするのでしょう。おそらく、流行の薬は一切使わず、愚直に食事療法と運動療法を指導し、必要なときに必要最低限のインスリン注射を指導する。そんな診療内容だと思います。私は六段くらいにしかなれません。





残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)






【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡

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