医療人として | 糖尿病の治療について | 糖尿病についてのコラム | プロフィール
糖尿病のある日本人の死因アンケート調査の結果が発表された(糖尿病67(2):106~128,2024)。これは10年ごとに日本糖尿病学会が委員会報告としてまとめているもので、今回で5回目になる。第2回以降、調査を終了してから報告されるまでに6~7年かかっていたが、今回はわずか4年で結果が出されていることから、神谷英紀先生をはじめとした委員会のメンバーの先生方が大変ご尽力されたことが伺える。
第1回(1970年~)から第5回(~2020年)の結果をグラフ化すると非常に興味深いことが分かる。まず、悪性新生物(がん)で亡くなる方が軒並み増えていることだ。図に示す通り、ここ2回の報告では約4割の糖尿病のある人が、がんで亡くなっている。確かに、日本人全体としてがん死が多いことが知られているので、糖尿病のある人が血管疾患で亡くなるリスクが減少してより長生きしているために死因が日本人一般に近付いて来たともいえるが、日本人一般でのがん死が2010年で29.5%、2020年で27.6%と減少しているのに相反し、糖尿病のある人のがん死は増えている。最近のダイアベティス(糖尿病)ではそれ以上に心血管死が抑制されているのか、それとも肥満2型糖尿病が増えてきたなどの病態の変化が関係しているのか。いずれにしても今後さらなる検証が必要であり、我々が行ってきた糖尿病とがん、糖尿病治療薬とがんという研究テーマ(胆と膵 44(5),459-465,2023)が重要になってくることは間違いない。今後も糖尿病学会でがんに関するシンポジウムが注目を集めるであろう。どのようながんで亡くなる方が多いかを部位別に比較すると、肝臓癌や膵臓癌が糖尿病のある人で多いことが分かる。第28話でお話しした通り、糖尿病連携手帳第4版の関連検査のページの腹部エコー・CTの項目を定期的にチェックして頂きたい。順天堂静岡病院は静岡東部の基幹病院であり、血糖が著明に上昇した糖尿病のある人が糖尿病支援入院(一般的に言う“教育”入院)目的で紹介されてくる。初診時には胸腹部のCTを撮影し腫瘍マーカーを測定することをスクリーニング検査していると、時々がんが見つかることがある。糖尿病のある日本人の死因第1位ががんであることを忘れないで頂きたい。
最近、糖尿病治療を腎臓の薬にすり替えようという活動している製薬メーカーがあるが、慢性腎不全で亡くなる方は激減している。今回までの結果は降圧薬であるレニン・アンジオテンシン系阻害薬の影響が大きく寄与していると言われているので、これに新規の糖尿病治療薬や第52話で取り上げたケレンディアの効果が加われば、10年後の死因アンケート調査では慢性腎不全はほぼほぼ“ゼロ”になり、“SGLT2阻害薬は腎臓の為の薬ですよ!”みたいな野次馬的講演会は皆無になるだろう。
今回の調査の結果で非常に興味深かったのが、糖尿病と共に生きる人の寿命が伸びていることだ。前回の調査に比べ男性3.0歳、女性2.2歳伸びており、これは日本人一般の伸び(男性2.0歳、女性1.4歳)を上回っている。さらに、今回の調査に加わった施設での死亡年齢は糖尿病のある人が75.4歳で無い人の74.8歳を上回っている。これは糖尿病で定期的に通院することが、健康長寿に繋がっている可能性を示唆するものではないか。
高齢者が元気に生きる秘訣としてキョウイクとキョウヨウが必要だという格言がある。キョウイクとは今日行く所があって、キョウヨウとは今日用事があるという事だそうだ。つまり、高齢者は引きこもらない事が大事だという。ダイアベティスのある人は病院という今日行く所があり、血糖管理のためにウォーキングをするという今日用事があるから元気で長生きできる。そんな環境を我々が提供出来たら素敵だ。“今回は血糖(HbA1c)が悪いだろうから病院に行くのが辛い”のではなく、担当医やメディカルスタッフとくだらない話をするついでに、血糖が上がった、下がったと一喜一憂して笑い飛ばす。それが高齢ダイアベティスの極意であるキョウイクとキョウヨウかもしれない。また、なぜか畑仕事をしている人は元気で長生きをする人が多い気がする。今後の研究課題かもしれない。
<残心>Ojiya
カリフォルニア(CA)にOjiya(Ojiya USA)という和食店を営む剣友がいます。剣道七段の速人です。速人とは同い年で私が米国留学中に知り合い、なんだか気が合うので細く長く仲良くしています。速人は福岡など、何度か日本に遊びに来てくれたのですが、私はCAに全く行けていませんでした。順天堂静岡の教授に就任したことをメールで伝えた時“仕事ばっかしてないで遊びに来い!来るく来る詐欺!”といわれ、妻からも“新婚旅行以来まともに海外旅行に一緒に行ってない”と言われたので、一念発起し今年の夏休みにCAに行ってきました。学会や講演、剣道の試合などの目的がいない旅行は十数年ぶりです。観光したりドライブに連れて行ってもらったり、CAの剣士と稽古をして飲んだりしているうちに“楽しいってこいう感情だったんだ!”と思い出したような気がしました。後で写真を見て“俺って本当に笑うとこういう顔するんだ!”とも思いました。最後に渡米したのが2016年ニューオリンズの米国糖尿病学会(ADA)でした。その後もADAに大学院生の発表がいくつか通っていたのですが、教授選に敗れた私は留守番をせざるを得ず、その時からアメリカを自分の中で封印していたような気がします。8年ぶりのアメリカはあの時と変わらず乾いた風がいい感じでした。今回の旅で封印を解いてくれた速人のホスピタリティーに心から感謝します。少しだけケンタッキー大学剣道部だった頃の自分に戻れた気がします。皆さんCAに行く機会があったら是非Ojiyaにお立ち寄りください。日本よりも旨い鮨と居酒屋メニューが楽しめます。ドジャース戦も速人にチケットを予約してもらい観戦しました。大谷選手、鈴木選手、山本投手、今永投手の4人の日本人MLBプレイヤーの出場は圧巻でした!
次回は4年後のオリンピックに行きたいので、速人チケットよろしくね!
蛇足
メディカルスタッフ向けの雑誌“糖尿病ケア+”の第26巻6号(2024年11月1日発行)はまるごと1冊私が監修してますので、参考にして頂けると幸いです。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
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