糖尿病専門医・指導医 野見山崇 | 糖尿病についてのコラム

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糖キング 糖の流れに魅せられた男が語る(Talking)糖尿病のお話。 二田哲博クリニック 糖尿病専門医・指導医 野見山崇

【第44話】
糖尿病治療はデュアルの時代

二刀流なんて出来っこない。誰もがそう思っていたはずだ。しかし、大谷翔平選手はNPBでもメジャーリーグでも二刀流で活躍している。はじめから諦めずに、二刀流で活躍するための準備をしてきたからであろう。私が福岡大学に赴任した際、若い医局員に“君はどんな研究をしているの?”と尋ねたら“先生、研究は臨床が出来ない人がやるものですよ”と答えられ、目が点になった。臨床と研究の二刀流をはじめから諦めていたのだ。順天堂大学医学部長の服部信孝先生は、私が共同研究させて頂いていた際に“良き研究者が良き臨床家になれるかは分からないが、良き臨床家は良き研究者になれる”と仰っていた。臨床と研究は表裏一体であり、今年医師国家試験合格率100%を達成した順天堂大学医学部が推奨しているPhysician Scientistが本来あるべき内科医の姿である。しかし、はじめからScientistの部分を諦めている若い医師が日本には多い。
糖尿病治療薬もデュアルな二刀流の時代に突入した。インスリン抵抗性とインスリン分泌能低下の両方を改善出来る薬など不可能だと思われていたが、第23話で取り上げたイメグリミン(ツイミーグⓇ)は両病態を改善する薬剤として臨床応用され、大きな錠剤を4錠も飲まなくてはならいにもかかわらず好評を博している。そして今年4月、新たにデュアルな作用の薬が現れた。世界初の持続性GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチド(マンジャロⓇ)だ。GLP-1受容体作動薬が広く臨床応用され、血糖降下作用のみならずBeyondな作用も注目に値することは第12話第27話で紹介したが、もう一方のインクレチンであるGIPはグルカゴン分泌作用があることや肥満を増長する可能性が危惧され、GLP-1同様ブドウ糖応答性のインスリン分泌能を改善できるにもかかわらず、糖尿病治療薬としては相応しくないとも考えられていた。しかし、外から高濃度のGIP作用をGLP-1作用と共に投薬することで、血糖降下作用と体重減少作用が得られることをチルゼパチドが証明した。GIP/GLP-1受容体のデュアルアゴニストは、Tschop M.らが以前より“Twincretins”と呼び研究をしているが(Sci Trans Med. 2013;5(209):209ra151.)、チルゼパチドが先に臨床応用された。Tschop先生は、私が留学中に共同研究をさせて頂いた先生で(J Clin Invest. 2007:117(10):2877-2888)、当時はシンシナティに居られた。泊りがけで合同のラボミーティングと懇親会をした際に、剣道に非常に興味をお持ち頂き嬉しかった記憶がある。

チルゼパチド(LY3298176)GIP / GLP-1 Receptor Co-Agoist@糖キング第44話 糖尿病治療はデュアルの時代 野見山崇

ではどのようなアミノ酸配列でGIP受容体とGLP-1受容体の両方に結合できるのであろうか。チルゼパチドの構造式を図に示した。C末端側から基本的にはGIPに似たアミノ酸配列を有し、所々GLP-1に特徴的なアミノ酸配列が加わっている。GLP-1受容体への結合で重要とされる22番目のフェニルアラニン(Phe)が残っているのが、GLP-1好きにはたまらない(J Biol Chem. 2016;291(30):15778-15787.)。さらに、Exendin-4のアミノ酸配列をN末端に持っている。Exendin-4は最初に臨床応用されたGLP-1受容体作動薬であったが、嘔気の副作用や注射した際の皮下硬結の問題などがあり、最近ではあまり使われない。しかし、我々が解明してきた血管保護やがん抑制の実験は全てExendin-4を使用している。チルゼパチドがExendin-4のリベンジをしてくれることに期待する。興味深いのは受容体への結合と驚くべき薬効だ。デュアルアゴニストであるチルゼパチドだが、GIP受容体への結合能はGIP同等に有する一方、GLP-1受容体への結合能はGLP-1の約5分の1とされている(Cardiovasc Diabetol. 2022 Sep 1;21(1):169)。作用メカニズムとしてはGIPがメインで、GLP-1の作用がプラスされたと言える。両者を同時に刺激することで、何らかの相互作用が生まれている可能性がある。さらに、わが国で行われた第3相試験SURPASS J-monoでは、5mg、10mg、15mgともHbA1c<7%到達率が90%以上で、体重減少も-5.8kg、-8.5kg、-10.7kgと今までの糖尿病治療薬では見たことがないほどの結果が得られた(Lancet Diabetes Endocrinol. 2022;9:623-33.)。北海道大学の三好秀明先生は“こんな薬が出たら糖尿病専門医の仕事が無くなっちゃうよ!”と生前仰っていた。GIPにはBeyondな作用として骨形成を促すことが月山克史先生の研究で解明されている(Mol Endocrinol. 2006;20:644-1651.)。今後のチルゼパチド研究の展開から目が離せない。
蛇足だが、GIPは元々Gastric Inhibitory Polypeptideと命名されていたが、その後Glucose-dependent Insulinotropic Polypeptideと改称されている。GIPがあまりお好きでない先生が、少しディスった雰囲気であえて前者を使っている微妙な小競り合いが時々見られて面白い。

<残心>侍ジャパン
もしもこの世に野球の神様がいたら、きっとこんなシナリオの映画を撮るでしょう。2023年WBC(World Baseball Classic)はそんなドラマの連続でした。日本の優勝のために、全ての選手やスタッフが自らの役割を果たして勝利に貢献したファインプレーの数々が見られましたが、私が感じた一番のファインプレーは栗山監督の人選です。キャッチャー陣以外は、ダルビッシュ有投手を年長者として、大谷翔平選手より若い20代前半の選手を中心に選ばれました。日本で実績を残している、いわゆるベテラン選手は殆どいません。まだ十分な実績はないけれど、若くて才能があり、ピュアで性格が良い選手がばかりが選ばれています。“俺は東京〇〇軍でエースだ!4番だ!”と言ってチームの輪を乱す、国内でしか通用しない選手達はお呼びでなかったのだと、私は思います。ダイヤの原石である日本の若い選手たちを、メジャーリーガーである二人に磨いてもらい、彼らの色にチームを染めてもらう。そして、本物とはこういう選手なんだよと肌で感じて成長してもらう。栗山監督にはそんな算段があったのでしょう。案の定、チームはまとまりドラマチックな優勝をしました。“活躍すると信じていた”と監督は仰っていましたが、こうすれば“活躍できると分かっていた”が本音なのかもしれません。私は以前より“侍ジャパン”という愛称に剣道家としては少し違和感がありました。しかし、今回の日本代表はリアル侍ジャパンです。歓喜の勝利の後も、客席と相手ベンチにしっかりと礼をして、残心を取っていました。ここからが本当の侍ジャパンの始まりと、期待せずにはいられません。













残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)






【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡

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