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“Xという糖尿病治療薬が、心血管イベント(CVE)を有意に抑制しました!”なんと魅力的な処方意欲をそそる宣伝文句であろうか。動脈硬化性疾患は、糖尿病における重要な大血管合併症だが、がん、認知症、脂肪肝などのように糖尿病がない人にも発症しうるので、厳密言うと合併症ではなく併存疾患に分類されるべきだ。しかし、動脈硬化性疾患は“合併症”のままとして据え置かれていることからその重要性が理解できる。治療アルゴリズムにおいては、SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬がStep3「Additional Benefits」を考慮すべき併存疾患のうち心血管疾患に対する治療薬として挙げられている。糖尿病は血管の病気であるという格言があり、糖尿病はCVEさえ抑制すればいいみたいな風潮から全例でSGLT2阻害薬が第一選択薬だという極端な医師もいるが、Vascular Biologyを極めてこれら薬剤の役割分担とCVEと動脈硬化の違いを明確に詳述できる者は多くない。
そもそも、CVEの抑制と動脈硬化の抑制がほぼ同義語のように取り扱われているが、実は微妙に違う。CVEとは、いわゆる古典的3点MACE(major adverse cardiovascular events)である非致死的脳卒中、非致死的心筋梗塞、心血管死の複合体から始まり、最近ではこれに心不全による入院などを加えて統計解析される“結果(Outcome)”のことを指す。それに対して動脈硬化とは、“病態(Pathology)”を表す。さらに、動脈硬化(Atherosclerosis)という言葉は、粥腫形成(Atheroma formation)と血管硬化(Arteriolosclerosis)の二つの病理像に分けることができ、前者を担っているのがマクロファージの泡沫化で、後者を担っているのが血管平滑筋細胞増殖といえる。CVEはイベントが発症した時点、例えば心筋梗塞を起こした時点で診断が付けられるが、動脈硬化はイベント発症に繋がるまでは無症状であり、これを的確に検出できるのは河盛隆造先生が開発された頸動脈エコーのみと言える(心エコー.2011;12(8):724-733)。頸動脈エコーで測定されるプラークの有無やMax IMT(Intima-Media Thickness)がアテローマ形成(Atheroma formation)を評価しており、Mean IMTが血管硬化(Arteriolosclerosis)を評価しているといえる。CVEと動脈硬化という2つの言葉の関係性を整理すると、動脈硬化はCVEの原因病態にはなっているが、動脈硬化がなくてもCVEは起こりうる(例:心不全、一部脳卒中、心血管死)。そして、CVEを抑制している薬剤が、必ずしも動脈硬化そのものを抑制しているとは限らない。
CVEの抑制が“エビデンス”としてもてはやされ、エビデンスのない薬を使うのは“ナンセンス”だと言う極端な人もいる。しかし、CVEのエビデンスがある糖尿病治療薬が、動脈硬化そのものも抑制していると言えるのであろうか。SGLT2阻害薬はCVE抑制のエビデンスが豊富にあるが(Medicina.2022;59(1):62-66)、 動脈硬化を直接的に抑制したという研究結果は極めて限定的だ。我々の行ったFUSION研究(Endocr J. 2018;65(8):859-867)や大阪大学と順天堂大学の共同研究で行われたUTOPIA研究(Cardiovascular Diabetol. 2020; 19(1): 110.)、多施設合同で行われたPROTECT研究(Eur Heart J Cardiovasc Pharmacother. 2023; 9(2): 165-172)は、いずれもSGLT2阻害薬に頚動脈IMTを改善する作用がないことを明確に示している。さらに、FUSION研究とUTOPIA研究はいずれも、SGLT2阻害薬がPWV(Pulse Wave Velocity:脈波伝播速度)を改善することを示している。これらの研究結果から、SGLT2阻害薬は動脈硬化を抑制する作用はないが、ヘモダイナミックな血行動態の改善作用によってCVEを抑制出来たと考えられる。
一方でGLP-1受容体作動薬は、IMTの肥厚を抑制することが検証されている(Expet Opin biol Ther. 2015; 15(10): 1391-1397)。さらに同じインクレチン関連薬であるDPP-4阻害薬についても頚動脈IMT改善の報告がなされている(Diabetes Care. 2016; 39(3): 455-64)。GLP-1受容体作動薬は動脈硬化抑制を介して心血管イベント抑制を惹起しているといえる。さらに、第50話で紹介したSELECTの詳細な解析の結果、GLP-1受容体作動薬のCVE抑制作用は体重減少作用に関係ない、直接的な血管保護作用である可能性が示唆された(Lancet. 2025;406:2257-68)。我々の行ってきた基礎研究が正しかったことを強く裏付けている。高橋弘幸(医療法人光洋会 赤間病院 糖尿病内科)らは、GLP-1授与体作動薬が血管平滑筋細胞においてNOR1という核内オーファン受容体の発現を抑えることで、細胞周期を抑制し細胞増殖を抑制していることを報告している(図)(J Atheroscler Thromb. 2019;26:183-97)。NOR1はノックアウトマウスを用いた研究で平滑筋細胞増殖に重要な役割を担っている事が我々の研究によって立証されており(Circulation. 2009;119:577-86)、今後GLP-1関連薬の血管保護作用のキープレイヤーとして再注目される可能性がある。

<残心>蘭医繚乱
蘭医繚乱という本があります。順天堂の学祖 佐藤泰然先生と適塾の緒方洪庵先生が、幕末の乱世にありながら天然痘の撲滅に命を賭して奔走する医学歴史書で、筆者は“チーム・バチスタの栄光”で有名な海堂尊先生です。第59話でご紹介しました津山洋学資料館と同時代の蘭学・蘭医学を学ぶ者たちの生きざまがカッコよく書かれている本なので、順天堂大学関係者のみならず、医学・医療に関わる方には是非読んで頂きたい一冊です。この本の中に、伊豆韮山代官の江川英龍という名前が出て来ます(P144,284)。江川氏は伊豆長岡周辺在住の人なら誰でも知っている世界遺産“韮山反射炉”を息子の江川英敏と親子二代で完成させた洋学者で、日本に西洋風の砲術を取り入れた人として知られるとともに、日本で最初に西洋風のパンを焼いた人とされ、この地域では“パン祖”の呼称で愛されています。当然幕末当時の人々は、順天堂医院の分院が将来伊豆長岡に出来るなど知る由もありません。約200年前から順天堂の学祖と伊豆韮山代官の間に交流があり、我々はこの地に根付いた病院で診療をし、World Diabetes Dayには韮山反射炉を青く染めているとは、、、。幕末からのご縁を感じずにはいられません。

【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
【第55話】SGLT2阻害薬 For what?第2章
【第56話】“あいうえお、かきくけこ、さしすせそ”
【第57話】JADEC連携手帳 第5版
【第58話】12th JADEC年次学術集会
【第59話】腫瘍糖尿病学
【第60話】2025th WDD
【第61話】GLP-1RA vs. SGLT2Iどっちが血管保護してる?
【第62話】ESTATE study(仮)
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